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映画レディ・プレイヤー1の裏読み 私たちへのメッセージは何か?

スティーブン・スピルバーグ監督の映画「レディ・プレイヤー1」が面白いと聞き、鑑賞してみました。この映画を原点(=宇宙の原理)から解析してみると、確かに素晴らしかったので、私の解析を紹介します。映画のネタバレになりますので、映画を先に観てからこれを読んでいただければ幸いです。

映画の設定は、2045年のアメリカ。2025年にゲームエンジニアのジェームズ・ハリデーがVRゴーグルをかけて楽しむVR(仮想現実)ゲーム「オアシス」を発表し、今では大人も子どももほとんどの人が、重くて暗い現実世界を離れ、食べることと寝ること以外ば全て「オアシス」の中で時間を過ごしているという設定。「オアシス」の中では、何にでもなれるし、やりたいことは何でもできる。開発者ハリデーが2040年に死去した際に発表された「オアシス」内に隠されたイースター・エッグ(ゲームソフトなどに仕込まれた隠し機能)を見つけた者にハリデーの莫大な遺産と「オアシス」の所有権を与えるというコメントにより、多くの人が5年間ずっとエッグ探しをしています。

主人公は「オアシス」ゲーム登場後の2027年生まれ18歳の青年ウェイド。「オアシス」ではパーシヴァルと名乗り、本気でエッグ探しをしています。エッグにたどり着くためには、ハリデーが「オアシス」に隠した3つの鍵を手に入れる必要があり、ヒントは開発者ハリデーの記憶の中にあるということで、「オアシス」内にあるハリデーに関する膨大な情報を調べて記憶しています。

ここから映画のネタバレになりますが、最終的にパーシヴァルが見事エッグを手に入れることができたとき、「オアシス」ゲームの最後のシーンで、エッグを手渡してくれたハリデーにパーシヴァルがこう尋ねます。「あなたはアバター(ゲーム内で自分の分身となるキャラクター)じゃないですよね。」「違う。」「では、あなたは何?」

映画の中で、唯一、答えが語られていいない問いかけが、この言葉でした。「仮想現実を作ったあなたは誰なのか?」つまり、「私たちの現実世界そのものを作ったあなたは誰なのか?」と翻訳できます。これは人類にとっての最後の問い、ラスト・クエスチョンです。これがスピルバーグ監督から私たちへの問いかけだとしたら、彼は本当にすごい!(原作小説「ゲームウォーズ」は読んでいないのですが、映画と原作は色々内容が違うみたいなので、原作には触れずにおきます。)

 

なぜすごいかというと、パーシヴァルがハリデーからのお題であるイースターエッグ探しをするのと同時に、私たちはスピルバーグ監督から出されたお題である「この世界の秘密」を探す主人公になっているから。この重ね合わせがすごく面白い!すごくワクワクします。

 

それはエッグを手に入れるために必要な、3つの鍵を見ていくとわかります。

第1の鍵は、カーレースでゴールすること。でも突然道路に障害物が出現し、橋が途中で切断され、突然巨大な鉄球の振り子が襲いかかり、次々と車はクラッシュ。さらに、ジュラシックパークの恐竜に食べられ、キングコングが襲いかかって、ゴールの直前で通せんぼ。パーシヴァルがこう言います。「キングコングが出てきて、なぜか絶対にゴールできないようになっているんだ」。事実その通りだったわけです。このカーレースはプログラム上、絶対にゴールできない仕組みになっていて、何万回チャレンジしたところで、キングコングをかわすことができない。では、どうやってゴールするのか。パーシヴァルが見つけたヒントは「前に進むのではなく、全速力で後ろに進むこと」。これはつまり、目に見える現実を真実だと思い込んで、全力で挑戦していることが、見当はずれの真逆のことをやっているよ、どんなに挑戦しても絶対成功しないよ、というメッセージです。この現実世界の中でどんなに探し回っても、この世界の秘密にはたどり着かないよ、という意味ですね。

パーシヴァルが全速力でバックしたらどうなったか、というのがまた面白い!道路が沈んで地下に入ってしまうのですが、そこはまさに地上のカーレースのコースの真下。そこは、ゲームの裏側のプログラミングの場所で、ゲームの表側の道路上にどんなタイミングでどんな障害物が出現するように準備されているかが見えています。ゲームの裏側の管理プログラムの中というのは、本来ゲーム上の登場人物(アバター)が存在できる場所ではありません。つまり、VRゲーム「オアシス」にとっての非現実空間です。そこは本来のゲーム空間(現実)ではないので、どんな障害物にも遭遇しません。パーシヴァルは、現実の裏側を楽々と進み、ゴール直前の場面でゲームの表側に戻り、今まで超えることのできなかったキングコングの目をかわして、見事ゴールしました。

これは現実を生み出している、背後にあるもう一つの世界を表現していますね。その非現実世界は、現実世界の延長線上にはない、全く異次元の世界であり、目に見えない世界。そして、その非現実世界と現実世界は、原因と結果という因果関係にあるという示唆です。さらに言えば、現実世界を制するためには、非現実世界を活用する必要があるというメッセージも入っていますね。すばらしい!

「オアシス」の中では、パーシヴァルが初の非現実空間の発見者ですよね。最初の一人が見つけると、そこから次々と後に続く発見者が生まれました。でも、発見するのはそう簡単な話ではなくて、カーレースのスタートラインから後ろ向きに進んだ先には、行き止まりの大きな壁があるわけです。その壁に向かって全速力でバックしろと言っても、普通だったら壁に激突して死ぬ(ゲームオーバー)と思うから怖くでできないですよね。「オアシス」の場合はプレイヤーがこれはゲームだと自覚しているので、死んでもまた生き返ることができるという安心感があるので挑戦しやすいですが、私たちの場合は、この現実がゲームだとは思っていないので、死ぬことを恐れて挑戦できない。だから、目に見えない本来はアバターとして行くことのできない非現実空間を発見することは、かなり難しい。こういうところも、上手に表現されているなぁと思います。

 

第2の鍵を見つけるためのヒントの言葉は「自分の作品を嫌う作者。鍵は飛ばなかったジャンプ。足跡をたどり、過去から逃れよ」でした。この言葉は、勇気を出してジャンプすれば未来は変えられるというメッセージかな、と思いました。何に対して勇気を出さないといけないのか。それは、この世界の秘密を見つけるための道に立ちはだかる、死の恐怖の感覚。先ほどの、カーレースで壁に向かって全力でバック走行するときの恐怖を乗り越えろ、と。そして、勇気が出せずに、この世界の秘密を見つけられなかった時点に立って、今度は別の選択をしなさい、と。ということは、つまり、この世界の秘密に今こそ気がつきなさい、という応援のメッセージなのかな、と思います。すばらしい!

さらに別の見方をすれば、これはハリウッド映画なのでアメリカ国民に馴染み深いキリスト教思想が根底に流れていると考えるのが自然。だとすれば、「自分の作品を嫌う作者」とは、創造主のこと。創造主の作品とは、すなわちこの現実世界(宇宙全て)。なぜ創造主が自分の作品を嫌っていると言うのか?それは、創造主にとってのVR(仮想現実)であるこの現実世界の歴史(=ストーリー)が不本意だということ。こんなはずじゃなかった、もっといい筋書きにしたかったのに、と思っているということですね。「足跡をたどり過去から逃れよ」というのは、聖書をたどって「飛ばなかったジャンプ」の時点まで戻れということ。つまり、イエスの言っていることが宇宙の真理だと理解できず、受け入れられず十字架にかけてしまった過去が起点となって今のような不幸な未来が出来上がってしまった、だから、今度こそ勇気を出して別の選択をしよう、宇宙の真理を受け入れようというメッセージにも取れます。

そして、第2の鍵は、キーラという女性を見つけて、「一緒にダンスを踊りませんか?」と誘うことでした。そして、誘われたキーラが言った言葉は「どれだけ長いことお誘いを待っていたかわかる?」この言葉には、泣けます。創造主は、この現実世界(=VRゲーム)の中に無数のアバターを創ってゲームにログインしているわけですが、ゲームをクリアすることが全くできずに途方もない時間が流れました。本当にどれだけ長いこと、私たちはこの世界の外に出ることなく、キーラ(真実)に出会うことができなかったのか。それを思うと、胸が熱くなります。まさに感無量です。

ここで、ダンスという設定についても注目したいと思います。男女がペアになるのがダンスのルール。つまり、裏おもて、陰陽の対称性原理がここに隠れています。物語の伏線として、キーラにたどり着く前に、パーシヴァルとアルテミス(エッグ探しの途中で出会う女性)がダンスをしましたが、カギは見つかりませんでした。つまり、この世界に対称性は無数にあります。でも、究極の、本当に究極の対称性を見つけることが文字通り「鍵」なのだということが示唆されていると思います。究極の対称性のペアになる相手は誰か。キーラは何を象徴しているのか、それは、この現実世界を生み出す対称性。非現実世界。さらに言うなら、キーラを見つけても、それがゴールではありません。キーラはイースター・エッグ(究極のゴール)探しのための鍵ですよね。つまり、現実世界の裏側の非現実世界を見つけたら、さらにその先があるということも示唆されています。すばらしい!

最後の第3のカギは、イースターエッグ(隠し機能)という言葉を世に生み出したコンピュータゲーム「アドベンチャー」の中のイースターエッグを見つけることでした。パーシヴァルが解説してくれます。「答えはゲームに勝つことじゃないんだ。ゲームの中の迷路を歩き回って見えないドットを集めて、出発地点に戻ってくると、作者の名前が現れる!」ため息が出るくらい、脱帽です。

私たちの現実世界は、上下、左右、前後、善悪といった対称性の世界。勝つか負けるか、という勝負もその一つ。でも、この世界の秘密を知るカギは、勝っても負けても手に入らない。対称性というこの世界の普遍のルールに従って動いていては見つからないよ、というメッセージですね。つまり、非現実世界(原因)と現実世界(結果)の因果関係の中で、行ったり来たりしていても、どちらに行っても真実は見えないよ、ということ。私たちが現実世界において本当にやるべきことは、勝ち負けのゲーム(幸せ、成功を目指すこと)をすることではなく、この世界のありとあらゆる場所をよく観察して、この世界を創っている最少単位を見つけて、この世界を作った者の名前を見つけることだと言っているのです!なんと!人類に課せられたラスト・アンサーですよね、これって。

アドベンチャーゲームのイースターエッグ探しのカギは、ビットを集めることでした。ビットとは、すなわちコンピュータ上の最少単位ですね。私たちの現実世界を創っている最少単位を見つけられるということは、この世界の仕組みが全てわかるということに等しい。つまり、どのようにこの世界が生まれているのか、この世界を創るものの正体がわかるということに他なりません。それを、「このゲームの作者の名前」という比喩で伝えているのだと思います。

 

どうやったら、こんなに真実を隠し持ったストーリーが考えられるんでしょうね。すばらしい!

 

 

映画ではおそらく時間の関係上、省略されてしまったと思われるのが、第3のカギを見つけるためのヒントに対する解説です。私は原作「ゲームウォーズ」を読んでいないので、原作者がこの部分をどのように描いているのかいないのかが気になりますが、現時点でひらめいたことを最後にシェアしたいと思います。

第3のカギを見つけるヒントの言葉はこうです。「究極の答えを魔法の数字で割れば、望みのものが悲劇の砦で見つかるであろう」。これにはどういう意味が隠されていると思いますか?

究極の答えとは、この世界の究極の本質の姿という意味だと思います。つまり、「1」。境界線のない永遠不変の状態ですよね。では、魔法の数字とは何か? どんなに小さな数も、どんなに大きな数も、虚数でさえも、掛け合わせると全てを一瞬で無にしてしまう力を持つ魔法の数字、それは「0」。では、1÷0の答えは・・・。これはゼロ除算と呼ばれます。ウィキペディアを読むと、一般的算術規則では、ゼロ除算の解は未定義なのだそう。つまり、答えが得られないということになります。え?どういうこと? 

その前に、そもそも「悲劇の砦」とは何でしょうか?砦とは塀に囲まれた空間であり、塀の中側が守るべき大事な場所ですよね。つまり、境界線のない世界が、無理やり境界線を作ることで生まれたこの現実世界のこと。この砦がなぜ悲劇なのか?それは、簡単に外に出られないから。中にいると、真実が見えなくなってしまうから。本当の自分を見失ってしまうから。その悲劇の砦(現実世界)にあって、ようやく見つけられた答えは、1÷0=解なし。もしくは、限りなく1÷0に近づく極限を考えると、その解は+∞または、-∞になります。つまり、この世界を生み出しているものは、この現実世界の中で理解できるようなシロモノではなく、人智を超えた無限の世界だ、ということになります。

 

 

この作品すばらしい!

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